「専門性を極めることだけが、正解なのだろうか?」経理、財務、労務……。多くの管理部門人材が、それぞれの専門領域という「壁」の中で生きることを求められる中、株式会社WACUL(ワカル)の田中さんはご自身の経験値から、あえて一つの道に固執せず、「ゼネラリスト」として生きることを戦略的に選び取りました。メルカリでの熱狂的な上場準備、コロナ禍でのハードシングス、そしてTOBによるTBSグループ入り。 激動のキャリアを一本の線に繋げたのは、あらゆる領域を横断できる彼だけの「武器」でした。「何でも屋」ではない、「経営を支える真のゼネラリスト」とは何か。その独自のキャリア論と生存戦略を紐解きます。営業職からの転身。市場から求められ続けるジェネラリストへ—本日はよろしくお願いします!キャリアのスタート地点は意外にも営業職だったそうですね。まずはその転身のきっかけからお伺いできますか?WACUL 田中(以下、田中): はい、新卒では営業職としてキャリアをスタートしました。ただ正直に言うと、その中で早い段階から「自分には向き・不向きがあるな」と感じていました。ちょうどその頃、同年代で起業する友人たちが現れ始めました。彼らは、世の中の「不」を解消したいという強烈な熱量を持っていて、その姿はとても印象的でした。一方で自分自身を振り返ると、同じような衝動を持っているかというと、そうではなかった。東京で生まれ育ち、特に不自由を感じることなく大学まで通わせてもらった自分にとって、世の中に対して「強烈な不」を感じた経験はほとんどなかったのです(笑)。その違和感は、「自分は起業家タイプではない」という諦めではなく、「自分は別の形で価値を出す人間なのではないか」という問いにつながっていきました。ーなるほど。そこで、ご自身はその方向ではないと気づいたわけですね。田中: そうです。であれば、世の中を変えようとしている起業家たちを、自分は「支える側」として支援していきたいと考えるようになりました。同時に、キャリア戦略としても、20代のうちにコーポレート全般を見渡せるジェネラリストになることは、当時も今も希少性が高い領域です。ここを目指すことで、環境や会社が変わっても価値を発揮し続けられる、選択肢の多いキャリアを築けると考えました。ーそこから未経験でコーポレートの領域へ飛び込むのは勇気が必要だったと思いますが、最初はどのような環境だったのでしょうか?田中: 簿記2級を持っていたことと、スタートアップ特有のスピード感やフットワークの軽さを評価いただき、人材系スタートアップへ転職しました。ただ、最初は本当に分からないことだらけで、正直なところ周囲には相当お世話になりました。代表はもちろん、顧問税理士や社労士の先生方にも、タイムチャージでもないのに質問を重ねてしまって……。「これは嫌がられているだろうな」と思う場面もありましたね(笑)。当時は、上場企業で管理部長を務められていた経験者の方が業務委託として入っており、その方に教わりながら、必死に食らいついていく日々でした。シリーズBのタイミングで株主が増え、開示や報告の要求も一気に高度化する中で、逃げ場はありませんでした。結果的に、「やるしかない」環境に身を置いたことが、実務を一気に自分のものにする大きな転機になったと感じています。メルカリの急成長と共に身に付けた、説明責任(アカウンタビリティ)の必要性—その後、2016年頃にメルカリへ移られています。人材系スタートアップでの経験からわずか1年ほどでの転職ですが、何が動機だったのでしょうか?田中: より早く、より濃密な「上場準備」の経験を積みたかったからです。当時、メルカリが開催していたミートアップに参加し、ここなら確実に成長していくし、上場までのプロセスを最前線で経験できると確信しました。—当時のメルカリといえば、上場前の急拡大期ですよね。現場はどのような状況でしたか?田中: 一言で言えば「カオス」でしたね(笑)。最初は経理として入社しましたが、気づけば子会社管理、ストックオプションや持株会の運用、さらにはメルペイの立ち上げにも関わるようになっていました。特に印象に残っているのが、子会社「ソウゾウ」での経験です。DMMが展開していた即時買取サービス「CASH」に近いモデルを、メルカリでも「メルカリNOW」として展開することになり、その会計処理をどうするかという問題が発生しました。前例のないビジネスモデルだったため、社内にも明確な正解はなく、文字どおり手探りの状態でした。上場の「N-1期(直前期)」に近いタイミングでもあり、日々、新しい論点が次々と出てくる状況でした。—その中で、特に鍛えられたと感じるエピソードはありますか?田中: 「説明責任(アカウンタビリティ)」を叩き込まれたことですね。 今でも鮮明に覚えていますが、ある年の新年一発目のミーティングでのことです。子会社の会計に関する方針について、取締役に私が説明することになりました。 場所は社内の誰もが見えるガラス張りの会議室。上司も同席していましたが、説明するのは私です。「大丈夫か」「詰められるんじゃないか」という視線を背中に感じながら(笑)、必死に説明しました 。20代中盤で、日本を代表する起業家たちと対峙し、逃げずに説明し切る経験をさせてもらえたことは、その後のキャリアにおける大きな自信になりました。当時はまだ世の中も今より働き方に寛容で、六本木ヒルズのオフィスの電気を最後に消して、終電やタクシーで帰るような日々でしたが、あの熱量の中にいられたことは幸運でした 。Fun Groupでのハードシングスの経験から学んだこと—メルカリ上場後、ゲーム会社を経てFun Groupへ転職されています。ここでは一転して、非常に厳しい経験をされたそうですね。田中: はい。IPO準備のために誘われて入社したのですが、そのわずか4〜5ヶ月後にコロナ禍に直撃しました 。そこからは、上場準備を進めるというフェーズではなく、まずは会社を存続させることが最優先のテーマになりました。銀行借入や資金調達に奔走すると同時に、事業ポートフォリオの見直しなど、厳しい意思決定を次々と迫られる状況でした。精神的にもタフな局面が続きましたが、経営・現場・金融機関の間に立ち、限られた情報の中で説明責任を果たし続けることが求められました。当時のやり取りを振り返ると、外部から厳しい意見をいただくこともあり、事業環境の厳しさを痛感した時期でもあります。ただ、この経験を通じて、平時のIPO準備以上に、「危機時における資金繰り管理と意思決定の重み」を実践的に学ぶことができました。—成長企業のアクセルを踏む経験とは真逆の、ブレーキを踏む、あるいは止血をする経験ですね。田中: 当時は、同じタイミングで入社した関係会社管理を統括されている先輩と、豪徳寺のファミレスで、先の見えない状況の中で、「この経験はなかなかできないよね」「とはいえ正直きついよね」と、率直な本音をぶつけ合っていたと思います(笑)。ただ振り返ってみると、こうした「後ろ向きに見えるアクション」も含めてやり切ったことで、コーポレート担当としての引き出しは確実に増えました。採用や組織拡大は、多くの企業で経験できるテーマですが、事業環境が急変する中で、雇用や組織をどう守り、どう会社を存続させるかを、法的な観点と人としての配慮の両面から考え抜く経験は、実際に向き合わなければ身につかない領域だと感じています。「自身の貢献度が最も高い組織」WACULでの新たな挑戦—その後、現在のWACULへジョインされます。数々の修羅場を経験した田中さんが、WACULを選んだ決め手は何だったのでしょうか?田中: これまでの経験を踏まえて、自分が最も力を発揮できる組織規模は「おおよそ100〜300名程度」だと考えるようになりました。20〜30名規模のフェーズでは、専任のコーポレート担当を置くにはまだ早く、業務委託や外部パートナーを活用した方が合理的に回るケースも多い。一方で、1,000名を超える規模になると、「株主総会」「開示」「人事制度」など、役割が細かく分業され、業務がパーツ単位に分かれていく傾向があります。自分としては、ジェネラリストとして全体を俯瞰しながら、経営陣と近い距離で、事業や組織の手触り感を持って関われる環境にやりがいを感じていました。その点で、数百人規模の上場企業、あるいは上場準備企業が、自分にとって最もフィットすると考えています。WACULは、まさにその条件に合致していました。—しかし、長い目で見ていたものの、入社後も平穏ではなかったようですね。田中: そうですね(笑)。入社後まもなく、組織体制の変更があり、想定よりも早い段階で、より大きな役割を担うことになりました。その後も事業や組織の状況に応じて体制が見直される中で、自然と責任範囲が広がっていきました。当初は、ある程度時間をかけて経験を積みながらキャリアを重ねていくイメージを持っていましたが、結果的には環境の変化に対応する形で、想定より早く経営に近い立場で仕事をする機会を得ることになりました。振り返ると、計画通りに進めるキャリアもあれば、状況に応じて引き受けることで広がっていくキャリアもあるのだと実感した出来事だったと思います。そして、TBSホールディングスによるTOB(株式公開買付け)です 。TOBの実務で痛感した「日々の積み上げ」の重要性—WACULのTOBは、放送局がマーケティング会社を買収するという文脈でも注目されました。実務担当者として、このプロセスから得た学びは大きかったですか?田中: 非常に大きな学びがありました。特に強く感じたのは、「平時の業務品質が、有事の際にそのまま問われる」という点です。デューデリジェンスのプロセスでは、過去に遡って多くの契約や意思決定の経緯を整理・説明する必要があります。通常業務では問題になりにくい細かな点も、TOBやM&Aといった緊張感の高い局面では、リスクとして顕在化し得る。そうした場面を通じて、日常業務の積み重ねの重要性を改めて実感しました。スタートアップではどうしてもスピードを優先しがちですが、権利関係の整理や契約プロセス、記録の保全といった「基本動作」を丁寧に積み上げておくことが、将来の成長やイグジットの局面で大きな支えになる。これはTOBを通じて得た、非常に実践的な教訓だったと思います。—現在はTBSグループ入りし、PMI(買収後の統合プロセス)を進められています。伝統的大企業とスタートアップの融合は難易度が高そうですね。田中: おっしゃる通りです。企業文化や意思決定のスピード、前提としている常識が異なる中で、単純な「統合」を進めるだけでは、かえって価値を損なうリスクもあります。WACULは人材とサービスに価値の源泉がある会社です。だからこそ、両社の考え方やルールを丁寧にすり合わせながら、互いに理解できる形に“翻訳”していく役割が重要だと感じています。一方的にどちらかに寄せるのではなく、それぞれの強みを活かしながらシナジーを生み出していく。そのプロセス自体が、今まさに取り組んでいるテーマですね。意思決定の精度を信じないからこそ、打席に立ち続ける—田中さんのお話を聞いていると、どんな環境でも柔軟に適応し、結果を出されている印象を受けます。ご自身のキャリアに対する考え方をお聞かせください。田中: 実は、僕は自分の「意思決定の精度」を全く信じていないんです 。 過去に「この会社は伸びないだろう」と思って転職を見送った会社が、その後大きく成長して上場した例がいくつもあります。逆に、自分が選んだ道で予想外のハードシングスに直面することもある。 結局、どの会社が当たるか、どの選択が正解かなんて誰にも分からないんです。だからこそ、特定の分野に尖ったスペシャリストになるのではなく、環境が変わっても価値を出し続けられる「ジェネラリスト」であることを意識するようになりました。中小企業診断士の資格を取得したのも、専門性そのものというより、「何が起きても一定の土俵で戦える力」を自分の中に積み上げておきたかったからです。もう一つ意識しているのは、短期的に誰かと比べることではなく、時間軸で自分をどう更新していくか、という点です。30代、40代、50代とフェーズが変わる中で、その時々に求められる役割や価値は変わっていくはずですが、「その年齢なりに、ちゃんと積み上げてきた人間でいられるか」という視点は常に持つようにしています。特定の誰かをライバルに置くというよりも、数年後に振り返ったときに「過去の自分を超えられているか」を、自分なりの基準にしている感覚ですね。—予測不能な中でキャリアを切り拓くコツはありますか?田中: 「運」と「打席」だと思っています。メルカリで上場を経験できたことも、WACULでTOBを経験できたことも、突き詰めれば「たまたまその場にいた」という側面は否定できません。多くの成功している方が口を揃えて「運が良かった」と言うのも、そういう意味だと思っています。ただ一方で大事なのは、運よく回ってきた打席に立ったときに、そこで求められるアウトプットを出し切れるかどうかです。どんな役割であっても、「これは自分の仕事じゃない」と線を引かず、目の前の課題から逃げずにやり切る。その積み重ねが、結果として次の機会につながっていくのだと思います。—人によっては「IPO経験」などを求める方も多いかと思いますが、それについてはどう思われますか?田中: その気持ちはよく分かります。一方で、肩書きや経験のラベルにこだわりすぎるのは、少し危ういとも感じています。例えば「IPOを経験したい」という理由だけで転職を重ねても、うまくいかないことはあります。そういうときは、無理に他人の物差しに自分を当てはめるのではなく、別の形で価値を出す道を探す、という選択肢があってもいい。大切なのは、置かれた場所で手を抜かず、泥臭くでも価値を出し続けること。その積み重ねが、結果的にその人ならではのキャリアを形作っていくのだと思っています。スタートアップエコシステムへの還元。「車輪の再発明」をなくしたい—最後に、今後の展望についてお聞かせください。田中さんはnoteでの発信やイベント主催など、社外へのナレッジ共有にも非常に積極的です。その原動力は何でしょうか?田中さんのnote田中: 「車輪の再発明」を減らしたい、という思いが一番大きいですね。スタートアップのコーポレート部門が直面する課題 ー 例えばワークフローの設計や、株主総会の運営、ガバナンス対応などは、実はすでに誰かがどこかで一度は悩み、解決しているテーマであることが多い。にもかかわらず、それをまた一から調べて同じところで悩むのは、社会全体で見ればかなり非効率だと思っています。僕自身も、今まで所属した会社で、非常に多くの先輩方に助けられてきました。その経験があったからこそ、今の仕事ができている。だからこそ、自分が通ってきた失敗や学びを言語化して共有することで、後に続く人たちが同じ落とし穴にハマらず、より本質的な仕事に時間を使えるようになればいいなと思っています。それが、自分を育ててくれたスタートアップエコシステムへの、ささやかな還元だと考えています。—「自分を信じない」と語りながらも、目の前の事象に対して誠実に向き合い、経験を次世代へ還元していく田中さんの姿勢に、多くの勇気をいただきました。本日は長時間ありがとうございました!※この記事内容は全てインタビュー当時のものです。