「あなたは、会社全体に対するアウトカムとして、何を約束するのか?」執行役員への就任を打診された時、突きつけられたのはその問いとのことでした 。それまでは、法務のプロとして降り注ぐリーガル・タスクを打ち返すことが仕事。しかし、役員として経営の当事者になった瞬間、仕事は与えられるものではなく、「そもそも、何をすべきか」から自分で決めていく世界が広がっていました。四大法律事務所から株式会社ユーザベースの法務担当者へ転身し、在籍6年で事業法務担当役員、リスク管理担当役員、そして監査等委員取締役へと、組織の要請と自らの意思で役割を変えてきた武田さん。 急成長するベンチャーの只中で、キャパオーバー寸前まで自分を追い込み、それでも「任せてくれた期待に応えたい」と前を向き続けた日々。一人の専門家が、組織の成長痛を一身に受け止めながら経営側へとシフトしていく、リアルな葛藤と挑戦の記録を伺いました。「何が起きているのか知りたい」好奇心から、事業会社へ—本日はよろしくお願いします。武田さんは法律事務所から事業会社へ移られ、そこからさらに経営層、そして現在は監査等委員取締役(以下、便宜上「監査役」とします)と、キャリアのフェーズを大きく変えながらご活躍されています。まずは、ユーザベースに入社されるまでの経緯をお聞かせいただけますか?ユーザベース 武田(以下、武田):よろしくお願いします。私は元々、森・濱田松本法律事務所で約6年間、訴訟・紛争や労働法務など、いわゆる「揉め事」を扱う、どちらかというと泥臭い企業法務に従事していました。その後、米国留学とオーストラリアでの研修を経て、法務省に出向し、国際的な紛争対応の部署で勤務しました。—そこからなぜ事業会社、それもユーザベースへ転職されたのでしょうか?武田: 事務所に戻った時、シニアアソシエイトとして専門性を高めていくキャリアが見えてきました。ただ、外部専門家として働く中で、「自分は会社の中で働いたことがないのに、本当にクライアントにとってベストなアドバイスができているのか?」という疑問が湧いたんです。一生、外部から紛争処理だけをやっていくのか、それとも中に入ってビジネスの当事者になるのか。もっと広くチャレンジしてみたい、会社の中で何が起こっているか知りたいという思いが強くなりました。転職活動では当初、大手企業を中心に受けていたのですが、エージェントから紹介されたユーザベースの面接が圧倒的に面白かったんです。形式的な質疑応答ではなく、「あなたは何がしたいの?」「うちはこういう環境だよ」と対等な立場で対話ができ、ここなら入社後も何かあったら話し合って解決できそうだと感じました。—外部アドバイザーから中の人になることで、戸惑いはありませんでしたか?武田: ありましたね。外部弁護士時代は「こういう法的リスクがあります」「こういう選択肢があります」とアドバイスしても、最終的に決めるのはクライアントでした。でも中に入ると、事業部のメンバーから「で、どうしたらいいの?」と聞かれ、法務分野であれば自分が決めて、実行まで責任を持たなければなりません。ただ、ユーザベースでは「不合理な意思決定」はほとんど無かったんです。ビジネスサイドも非常にロジカルで、彼らなりのロジックを持ってぶつかってきてくれる。だからこちらもロジックで対抗すれば、健全な議論ができました。そこは私の肌に合っていたなと思います。怒涛の業務と組織変更。キャパオーバーを乗り越えた先の執行役員就任—入社後は事業法務だけでなく、様々な役割を担われていきましたね。武田: 入社して数年は、本当に怒涛の日々でした。経験の無かったM&A業務、事業法務のチームマネジメント、営業管理部門(ミドルオフィス)のリーダー兼任、さらにプライベートでの海外移住などが重なり、正直に言うと完全にキャパオーバーになりかけた時期もありました。—それは凄まじい業務量ですね……。そこからどうやって次のステップへ進まれたのですか?武田: キャパオーバーで営業管理部門のリーダーを短期間で降りることになり、自信を喪失しかけていた時、当時の経営陣から「執行役員をやってみないか」と声をかけてもらったんです。大変な時期でもありましたが、会社が私を信任して任せてくれようとしていることに驚き、嬉しくもありました。そこで2022年1月に、事業CLO(Chief Legal Officer)と全社リスク管理担当役員に就任しました。—プレイヤーから役員へと立場が変わり、視座や働き方はどう変化しましたか?武田: まさに「戸惑いフェーズ」の始まりでした(笑)。それまでの仕事は、飛んでくるボールを綺麗に打ち返す「テトリス」のような感覚でした。来た球をいかに速く正確に処理するか。でも役員になると、「会社に対して、何をアウトカムとして約束するのか」が問われます。誰かからタスクが降ってくるわけではないので、自分で仕事を作り出さなければなりません。長期と短期の目線で、チームとして何をすべきかを定義する。この「仕事を作る」という感覚に慣れるまでは、社長や先輩役員に何度も壁打ちをしてもらい、悩み続けました。—その中で見出した「法務役員としての貢献」とは何だったのでしょうか?武田: 結局は当たり前の話なのですが、一つは当然「守りの法務」です。ベンチャー企業というのは多くが「攻め」の人材です。全員がゴールを狙って前掛かりになっている時、誰かがゴールキーパーとして「ここだけは死守する」というラインを守らなければなりません。もう一つは「攻めの法務」です。役員として経営会議に出るようになると「短期~中長期で会社が何を成し遂げたいか」が見えてきます。M&Aや新規事業の複雑なスキーム構築など、法務が関与することで事業を加速できる場面は多々あります。また、事業解像度を高めることも重要でした。単にプロダクトの仕様や顧客ニーズを知るだけでなく、「どこからデータを仕入れ、誰が加工し、どういう契約で顧客に届くのか」という社内のバリューチェーンや商流を具体的に把握することです。事業部側は最前線に立っていますが、意外と自部門の管掌領域以外は見えていないことがあるので、契約関係を通じて全体を俯瞰できる法務が、ボトルネックやリスクを指摘できる。これがコーポレートとしての価値だと気づきました。全体像を俯瞰しながら、守りと攻めの両面に貢献できるのが社内法務のやりがいであり、おもしろさだと思います。カーライル・グループへの参画と、監査役としての新たな挑戦—その後、ユーザベースは上場を廃止し、カーライル・グループへグループインしました。この変化の中で、コーポレートガバナンスや武田さんの役割はどう変わりましたか?武田: 取締役会の運営は大きく変わりました。カーライルが入ってからはプロフェッショナルな投資家としての視点が入り、良い意味での緊張感が生まれました。再上場を見据えて会社を鍛えてくれているプロセスでもあり、ガバナンスの強化は続いています。—その中で、武田さんは執行役員から監査役(監査等委員)へと役割を変えられました。この背景にはどういった意図があったのでしょうか?武田: 執行役員を2年ほど務め、法務組織も育ってきたタイミングで、自分のキャリアに悩んでいたところ、「常勤監査等委員をやってみないか」と打診されました。周囲の知人からは「30代・40代前半で執行から外れるのはもったいない」「もっとシニアになってからもできる、上がりのポジションじゃないか」という心配の声ももらいました。でも、カーライル傘下で再上場を目指すというフェーズで、ガバナンスの立場で関われることは貴重な経験ですし、新しいチャレンジとしてやってみようと決断しました。ただ、実際に就任してみて、今はまた新たな「戸惑い」の中にいます(笑)。—なるほど。監査役としての難しさがあるということでしょうか?武田: 本来、監査役は「情報にアクセスしにくい株主」のために取締役による経営を監視・監督する役割ですが、現在のユーザベースは、株主であるカーライルが取締役会を通じて直接経営状況を確認することができます。その中で、監査役としての役割をどう解釈し、どう価値を出すのか。今は将来の再上場後の株主やステークホルダーのためにあるべきガバナンス体制を構築していく準備期間だと捉えていますが、正解がなく非常に悩ましいです。また、監査役は執行権限を持たないので、自分で決められない、進められないもどかしさもあります。「監査役」という役割の孤独。それでも期待に応えたい—お話を聞いていて、監査役って本当に孤独なポジションなんだなと感じました。執行側から上がって、相談できる相手も少ない中で、モチベーションをどう維持されているんですか?武田: 正直、孤独ですね(笑)。感謝されにくい仕事ですし、特に平時においては注目されない立場でもあります。でも、私にこの役割を任せたいと言ってくれた前社長や現社長の期待には応えたいという気持ちが強いです。私のキャリアの節目節目で、会社は私を信じて大きな役割を任せてくれました。だからこそ、この任期の2年間で「武田に任せてよかった」「しっかりとガバナンスの土台ができた」と思ってもらえる状態にしたい。それが今のモチベーションです。—その「期待に応えたい」というスタンスが素晴らしいですね。最後に、今後のキャリアの展望について教えてください。武田: 現状で執行(法務役員)と非執行(監査役)の両方を経験している最中なので、この2つを経験した上で、自分がどちらに向いているのかを見極めたいと思っています。また、実は今年の5月に前職時代の友人たちと小さな法律事務所を立ち上げました。将来的には、これまでの事業会社での経験を活かして、また弁護士として企業をサポートする道も含め、幅広く考えていきたいです。前に事務所で働いていた時とは違い、「中の人」の目線をもったサポートができるはずだと考えています。今は目の前の役割に全力で向き合い、数年後に自分がどう感じているかを楽しみにしています。—「不確実な状況でも、問いを立てて前に進む」という武田さんのスタンスは、どの役割でも共通していると感じました。本日は貴重なお話をありがとうございました。※この記事内容は全てインタビュー当時のものです。【インタビュー後記】 「会社って何だろう?」という素朴な疑問から始まった武田さんのキャリアは、事業の成長と共にその解像度を高め、今や会社の「仕組み」そのものを作る立場にあります。法務という専門性を軸にしながらも、領域を限定せず、組織の要請と信任に合わせて踠きながらも役割を変え・全うしていく。その柔軟さと、未経験の領域にも「ロジックと対話」で挑む姿勢は、変化の激しいスタートアップで働く全てのプロフェッショナルにとって大きな示唆となると感じました。